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2015年9月30日 (水)

民主主義でいう多数決に、疑義はないのか?

安保法案が採決されて「民主主義における多数決なのだから問題は無い」と言っている人達がいます。まぁ、ここまで極端な言い方でなくても、同じようなことを言っている人たちは大勢います。

私は「多数決で決まったのだから、それに従うべきだ」と云うのは、少し違うと思います。他のブログでも、反論している人達は大勢います。それと内容がダブってしまいますが、私の思うところを少し言いたいと思います。

イギリス首相だったウィンストン・チャーチルという人は「民主政治は最悪の政治形態」と言ったそうです。世界には民主主義の政治形態なのに独裁国家があります(wikiを見ると民主主義と独裁が両立しえることが書かれています)。民主主義は万能では無いと思います。それなのに「多数決で決まったのだから、それに従うべきだ」と言うのは如何なものでしょうか。

民主主義は、全員で議論して合意形成を目指します(従って、少数派の意見を蔑ろにできないはずです)。議論を尽くしても意見がまとまらないときは、最終的な手段として多数決となります(従って、多数決のやり方が必ずしも正しい訳ではないです)。本来、多様な意見を参考にして、より良い内容に変えるべきです。多数派の意見をそのまま採用するだけなら、議論は不要になります。国会議員は不要になります。

では、安保法案の採決はどうでしょうか。多様な意見を尊重しているのでしょうか。議論を尽くしたのでしょうか。審議時間は200時間とも言われています。与党は審議を尽くしたと言っています。しかし、残念ながら国民には議論を尽くしたように見えなかったみたいです。世論調査からこのことが判ります。

いくら与党が議論を尽くしたと言っても、主権者である国民が議論を尽くしていないと思えば、強行採決(民主主義を否定?)と言われても仕方がないと思います。もしも、与党が議論を尽くしたと判断するのは自分達であると言ったら、それは上記で示した独裁国家だと批判されても文句が言えないでしょう。議論が尽くされたと判断するのは誰だと思いますか?

私は、民主主義とは、最悪の政治形態だからこそ、多様な意見が対立すると思います。そして、それは健全なことだと思います。

私は、民主主義でも、運用次第では独裁国家のような主権者を蔑ろにすることも可能だと思います。だからこそ国民は政治参加すべきだと思います。

多数決を支持する意見の中には「決まったのだから不満がある者は次の選挙で反対票を投じればいい」と言っている人がいます。確かに、振り子の原理で、右翼から左翼、保守からリベラル、といったように政権が変わることは良いことだと思います。しかし、上記で示したように、私は審議が尽くされているとは思っていません。

そもそも、与野党の議論が噛み合わなかったため、結果として国民への説明が不十分になったと思います。また、政府は国民に説明する気があったのか疑問に感じます。それは中国の話しを国会の後半に出したことからも判ります。

政府は国民の関心度の高さを甘く見ていたのかもしれません。それは中国の話しを国会の後半に出したことからも判ります。政府は主権者である国民を軽んじているのかも知れません。軽んじられることに怒りを覚えた人は、ぜひ次の選挙には行ってください。

(ずいぶんと時機を逃した内容になってしまった。もう少し早く書きたかったが、知識不足で何も思い浮かばなかった。毎日更新する人達って、すげ~な)

ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

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