選挙とは「優れた政治家」を選ぶものなのか?
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No More 再選挙・平成28年都知事選についての一問題提起
http://blogos.com/article/185072/
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ちと、目に付いたので感想です。
タイトルが、「No More 再選挙」だったので、何だろうと思いました。
記事には、「「どうやったら全うな人間を選べるのかがわからない」という切実な声に同調する者として、私なりに今回の都知事選について真剣に考えてみました。」とあります。
なんで、みんな優れた政治家を選ぼうとするんだろうか?
「もう再選挙はこりごりです。政策はもちろんですが、最低ラインとして任期満了できる方に都知事になっていただきたい。また、全うな都知事を選ぶことが、民主主義の世界に生きる我々の責任だともいえます。」とあります。
私とは、完全に違う意見になります。
全うな都知事とは、誰にとっての全うなのか?
国民ひとりひとりが、違う価値観であり、違う立場なのだから、経済を優先する人と、社会保障を優先する人では、投票が変わります。
任期満了できる全うな都知事でも、新自由主義のもとに、ガンガン行こうぜ等と言われたら、私は卒倒してしまいます。
それが社会保障の政策を訴えていたとしても、根本に新自由主義があれば、社会保障政策なのに中身が経済政策になっていることだってありえます。
前回のブログでも以下のように書きました。
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選挙とは「優れた政治家」を選ぶものではないと思っています。
優れた政治家を選ぶだけなら、実力テスト、経歴実績、適正試験で選別すればいいだけです。
選挙とは投票権を行使することであり、自分の生活や人生にとってプラスになることへ投票することだと思っています。
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再選挙が嫌だからと言って、優先順位を変えることには、慎重であるべきです。
選挙費用が無駄になるかもしれませんが、しかし、それは現在の政治家の資質が問われているわけです。そして、その政治家も、昨日今日で政治家になった訳ではありません。数年間、数十年間のなかで育ってきた訳です。
その時間の経過を考えれば、簡単に解決できる問題ではないと考えます。
上記のように「最低ラインとして任期満了できる方に都知事」を選んでも、その場しのぎにしかなりません。
その場しのぎであり、自分にとっては望まない結果になることだってあります。
まぁ、すこしでも多くの国民が、自分のために投票できることを願っています。
(◎´∀`)ノ
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