「悪夢のような民主党政権」。悪夢を見たのは誰なのか。 その2
前回の続き。
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「悪夢のような民主党政権」という言葉の是非
https://blogos.com/article/357450/
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「「民主党時代は悪夢だった」というのは、一般的には主に就職難の時代だったというのが大きいと思う。リーマンショックで経済が瀕死の状態だったにも拘らず、景気対策としての有効な経済政策が全く打てなかったため、なんのセーフティネットも構築できないまま、ただ、ひたすら経済状況が悪化していくのを指を咥えたまま呆然と眺めているしかないような時代だった。あの時代、不況の煽りを受けて職を失った人にとっては悪夢と言うより地獄だったかもしれない。
個人的なことを書かせてもらうと、個人投資家にとっても、投資難の時代だった。来る日も来る日も、株価は下がる一方で、ネット証券のログインパスワードを忘れてしまうほどだった。ある証券会社からは、取引が全く無いせいか、「口座管理料を徴収します」というようなメールが来たこともあった。
そこへ、泣きっ面に蜂の如く、東日本大震災が発生、まるで日本全体が貧乏神にでも取り憑かれたかのような暗澹たる時代だった。」
前回のブログでは、リーマンショックのときの派遣切りについて書いた。
私の場合は、最初に労働関係を思い浮かべるからだ。
しかし、よくよく考えてみれば、多くの国民は東日本大震災の印象を強く持っていると思う。
そして、東日本大震災と言えば原発事故だ。これについては、民主党政権の対応の不味さを誰でも思い浮かべるだろう。
しかしながら、原発事故はその根本に原発の是非がある。
ニュースでは「想定外」とか「安全神話」という言葉が流れていた。
そしてそれは制御できない放射能(放射線?)というイメージを、国民に強く印象づけた。
さて、誰が悪夢を見たのだろうか。
そして、悪夢から解放されたのだろうか。
さて、誰が悪夢を見たのだろうか。
「狂人! 実に正しき認識デス! そう、ワタシは愛に狂っているのデス! 愛に、畏愛に、遺愛に、慈愛に、恩愛に、渇愛に、恵愛に、敬愛に、眷愛に、至愛に、私愛に、純愛に、鍾愛に、情愛に、親愛に、信愛に、深愛に、仁愛に、性愛に、惜愛に、切愛に、専愛に、憎愛に、忠愛に、寵愛に、貧愛に、偏愛に、盲愛に、友愛に、憐愛に、愛に、愛に、愛に、愛あいあいあいあいあいあいあいいいいいぃぃぃぃっ!!」(Re:ゼロ)
(´・ω・`)ショボーン
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