「前澤友作氏 みんなが去年より1.1倍頑張れば経済も10%成長」。根性論と読んではいけない。
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前澤友作氏「経済の好循環モード」呼びかけ 不景気は「間違いなく一人ひとりの国民の責任でしょ」
https://news.yahoo.co.jp/articles/2835f5c5cf4a1baf3f5b4486af392b9a54e816c4
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前澤友作氏、日本の経済成長が停滞しているのは「間違いなく一人ひとりの国民の責任」
https://news.yahoo.co.jp/articles/fcc8bf7abdf9f350a899d288bef944c1330f54f8
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目についたので少し感想。
「「国民みんなが2024年が10だったとしたら、2025年は11やれば、経済は10%成長します」とし、「みんなが去年より1.1倍頑張れば経済も10%成長して、単純計算みんなの手取りも10%アップします」。」
「国民みんなが2024年が10だったとしたら、2025年は11やれば、経済は10%成長します。去年10個売ってた人は今年は11個売る。10個作ってた人は11個作る。10件営業獲得できてた人は11件取る。みんなが去年より1.1倍頑張れば経済も10%成長して、単純計算みんなの手取りも10%アップします」
一見して、根性論のように感じるが、根性論ではない。
これを見て、根性論を推し進めようとする人がいたら、巻き込まれるだけなので近づかないようにしよう。
言っていることは、1.1倍頑張れということで、1.1倍働けということではない。
そして、すでに120%頑張っている人が、更に1.1倍働いたら132%になるので過労死してしまう。
これは11個売るには、去年と同じやり方ではダメだということ。10個しか売れない人が、何もしないで11個売るのは無理だということ。
普通に考えれば、去年よりも1.1倍社会人として成長しろということ。
成長しなければ、ずっと10個しか売れない。
では、成長とは具体的に何なのか。何だろうねぇ~(面倒なので割愛)。
とにかく、1.1倍働くということを、0.1倍の残業で埋めるということはご法度である。
なぜなら年々増えていくので、
1.1 → 1.21 → 1.33 → 1.46 → 1.61 → 1.77 → 1.94 → 2.14
というように8年後には2倍の労働時間になってしまう。
繰り返しになるが、これを根性論と読んではいけない。
「下向いてた人が上向き始めて、人の文句ばっか言ってた人が人を応援し始めて、足の引っ張り合いが励まし合いになり、足取りも軽く歩幅も1.1倍になり、人が外に出始め、物が売れるようになり、移動や旅も増え、娯楽が盛り上がり、みんなの笑顔が増えて、気づいたら手取りも増えて」
上を向くことは大事である。精神論であるが、上を向くことにより、気分が晴れることもある。
「毎日、ヘトヘト、クタクタまで働いてるサラリーマンに『みんなで盛り上げないと』と言われても、まったく現実味を感じないんだけど」「そうかもしれないけど、給料上がらない、物価は高い、更にまた値上がりするみたいだし、どうすりゃええのよ」など、疲弊するユーザーも少なくない。」
私もそう思う。多くの人はいっぱいいっぱいだと思う。これが肝だろう。
そもそもとして、誰もが1.1倍成長できるわけではない。1.01倍しか成長できない人もいれば、成長限界に達している人だっているだろう。
家庭環境から成長するための時間を確保できない人だっている。やる気のない人もいるだろう。
個人的には、1.1倍成長できる人は、チート能力者の俺TUEEEな人だと思っている。逆言えば、前澤氏のまわりには俺TUEEEな人ばかりなのだろう。
まわりにいる人が1.2倍や1.3倍ばかりなら、1.1倍は低く見えるため誰でも出来るように錯覚する。
日銀が利上げするという記事を見て、ふと思ったが、投資家が儲かる環境が着々と構築されているよう感じる。
そう考えると「みんなが去年より1.1倍頑張れば経済も10%成長」も投資家の利益につながるように思える。
そもそもとして、賃金が上がっても、物価が上がっているのだから、労働者の生活環境は何も変わらない。
何も変わらないのに、投資家に有利な環境が構築されていくのだから、うつな気分になる。
そして、日本は小泉政権と安倍政権のときに、実感なき好景気となった。
状況的に考えると、失われた30年を過ごした人なら「またかぁ~」と思って、気分が上がらないと思う。
現状、庶民に有利な環境は構築されていないと思っている。やりがい搾取のように、また使い捨てにされるのではないかと感じてしまう。
これは失われた30年を過ごし、ブラック労働を強いられた人達に、かけられている呪いである。「明日は今日より悪くなる」という呪い。
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さて、衆議院選挙は2024年10月だったので、解散が無ければ2028年10月の任期満了が選挙となる。
参議院選挙は3年毎に半数が改選される。前回は2022年7月だったから、次は2025年7月となる。
自民党総裁の任期は3年である。2024年9月に就任したため、辞任しなければ2027年9月が総裁選となる。
この総裁選で世論を盛り上げて、その勢いで衆議院選挙に勝つことが、与党にとってはベストとなる。
選挙の度に「政治がよく分からない」と言っている人がいる。
しかし、9割の人は政治が分からないと思った方がいい。
ほとんどの人が政治が分からないのだから、不満があれば「政治にNO」、満足しているなら「政治にYES」、でいい。
<政治にNO>
野党を選ぶ(次点の政党を選ぶ)
<政治にYES>
与党を選ぶ
白紙投票
投票に行かない
そもそも野党が分からないと言われそうだが、自民の次点である維新か立憲でいい。何も考えずに次点でいいのである。
野党は期待できないと言われそうだが、そもそも自分自身が不安定な生活なのに、なぜ政治家に安定を提供するのか。
政治家に不安定を提供しよう。そうすれば庶民のことを考えるようになるかもしれない。
野党には政権担当能力がないと言われそうだが、政治が分かる人は政権担当能力について議論すればいい。
しかし、政治が分からないのなら、政権担当能力なんて考えるだけ時間の無駄である。
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庶民が、経済の恩恵を受けたいのなら、消費の活性化だと思う。
消費の活性化のためには「累進課税の強化」、「応能負担の強化」、「貯め込んだら増税」が必要だと思っている。
優先すべきはフローである。
例えば、黒田バズーカをやっても一部の人にしか恩恵はなかった。庶民が潤ったという話しは聞かない。
バラマキや規制緩和しても、小泉政権や安倍政権で起きた実感なき好景気しか生まれない。
繰り返し書くが、必要なことは「累進課税の強化」、「応能負担の強化」、「貯め込んだら増税」の3点である。
さて、バラマキや規制緩和すると、なぜ実感なき好景気になるんだろうね。ウフフフフ。
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拝金主義というものがある。金銭こそが最上のものと考え、何よりも大事に扱うといった考え方や性格のことらしい。
同じような言葉で経済人(ホモ・エコノミクス)というものがある。経済的合理性に徹し、自己の効用・利得の極大化を目指し、他者の効用・利得を考慮に入れることがないということらしい。
そして、「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」という言葉がある。
つまり、プレイヤーとして優秀だとしても、徳が無ければ管理する側に立たせてはいけないということ。
(憶測で書いているので鵜呑みにしないでください。間違っていたときはゴメンナサイ。謙虚に。謙虚に。)
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